上元天官大帝聖誕祭&五路兵馬さん御礼祭&地基主公・地基主婆さま御礼の御報告

昨日、令和4年2月15日(火)に上元水官大帝聖誕祭(旧暦10月15日)と、年に4回の五路兵馬(兵隊さん)のおまつり(慰労祭)を行いました。

いつものように多くの温かいお食事、お赤飯、お菓子、果物、飲み物、お米、そしてお酒…と、振る舞わせていただきました。寒かったですがお天気もよかったので多くの兵隊さんにお集まりいただけたことと思います。

お酒も随分上手く(ギリギリ目一杯)注げるようになりました。引き続き、表面張力の限界まで修行させていただきます。過去の五路兵馬さん関連記事はこちら

前回(2021/11/19)の五路兵馬さん感謝祭の時、五観の偈について書きました。

一、この食事がどうしてできたかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝をいたします。

二、自分の行いが、この食を頂くに価するものであるかどうか反省します。

三、心を正しく保ち、あやまった行いを避けるために、など三つの過ちを持たないことを誓います。

四、食とは良薬なのであり、身体をやしない、正しい健康を得るために頂くのです。

五、今この食事を頂くのは、己の道を成し遂げるためです。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/五観の偈

今日は、この一について考えてみました。

一、この食事がどうしてできたかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝をいたします。

五観の偈を上記引用の一覧で見れば、…なるほど、そうだよね。良いこと書いてる!…と、この程度の理解では浅過ぎると思いますが、ほとんどの方々(私もそうでした)が、このあたりではないでしょうか?

食事をするのは日常の普通の光景であり、なんら不自由なく当たり前に食べられるものだと思っていました。普通に食べ物があり、食べられる環境であれば、その逆側となる「食べ物がなく、食べられない」と考えることはありませんでした。

で、一の本題に戻りますが、

 この食事がどうしてできたかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝をいたします。

今までこういうことを私は考えたことがありませんでした。例えば流通的にトラックで運ばれ、スーパーに並び…なんてことよりも、もっと別な視点も深さもあると気づきました。

私たちに来るまで、多くの方々が作ることに携わり、運ばれ、安全性も確認され…と多くの過程を経て、やっと完全なものが食べられる安全なものとして届いております。

これを考える事や、関わる多くの方々のことを想うことは、はたして不要でしょうか?

たった「少しこういうことを考えただけ」でも、この食事に感謝したくなりました。当たり前ではないのです。

感謝祭を通じて、こういう必要なことを知り、普段から考えるきっかけ、気づきをいただけたと思います。

この浅深を、これ以外のケースにして当てはめても十分に使えるものだと思いました。もっと深く考えてみること。今年はこれを身に付けていく習慣付けを目標にしていきます。

中では、お宮をお守りいただいている地基主公、地基主婆さまのお食事を振る舞わせていただきました。旧暦1/15日(今回)、中元節、大晦日に行います。ご夫婦の神さまなので、2食分のお供えをご用意させていただきました。

いつも碧鳳水元宮をお守りいただき有り難うございます。引き続き、よろしくお願い申し上げます。

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